2010-06-13

弔辞(恩師へ)

先生は、イデオロギーに走りがちなヤンチャな私のことを気にかけてくれた。
あるとき研究室の本棚の一番上の左のすみに「近藤益雄著作集」全8巻を見つけた。

「へー。実験屋の先生が「えきお」を読むんですね」と言ったら、
「そう、研究違いの僕のところに、益雄を卒論でやりたいという困った学生がいてさ、
 指導しないといけないから読んだよ。ぼくも!」
私は、恥ずかしくて、ありがたくて、とても嬉しかったことを忘れない。

「いまの仕事は本当に君がやるべき仕事なのか?」
3年、7年、10年の節目に言ってくれた言葉だ。
でも、20年をこえた頃、
「後輩の未来の教師たちに、こんなことを一生懸命やっている先輩もいることを教えてくれと」
と非常勤講師で勉強させてもらった。

先生も「吹奏楽部」だったと聞いたことがある。
ホルンを吹く当時中学生だった私の娘の金沢への「はじめての一人旅」の日、
ソワソワする私を見かねて、先生は金沢駅の改札口でいっしょに待っていてくれた。

その娘が「福祉を学びたい」と大学生になった。
カミサンと3人で研究室を訪ねたとき、
先生は、優しい顔で、とても嬉しそうだった。
「早く子離れをしないと」と眼鏡の奥の目が笑ってた。

50歳をこえて、今こころから思える。
自分が何をなすべきか。
自分の使命をはたすことが、自分がやるべき仕事なんだと。

先生、いまなら、先生の授業、先生の思想、本当によく学べると思うのです。

 だれかが行かねば道はできない。
 そして、みんなが歩いて、道は開ける と  


◆片桐和雄先生。
  金沢大学教授(3月まで人間社会学域長)。
  重度脳障害児の認知に関する発達神経心理学的研究の日本を代表する研究者。
  2010年6月6日、病気のため死去。63歳。